・・・ マダガスカルの思い出は・・・。


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ちょっと最近マダガスカルづいていまして、アイアイの大家、島先生
にもご指導頂き、ベマラハ・ツィンギーの件の靄が少しづつ晴れて
来ました。

しかし色々な国民性がありますが、彼らは本当に誠実な気がします。
ただ如何せん、のんびりですね~。

こちらが如何に焦っていても休日は休日、祝日もプライベートも
しっかりお休みしています。例え緊急事態の真っ最中であろうとも・・・。

以前個人旅行で、2週間位マダガスカルを本の少し噛りました。その
時の感想は中国系が多いなと言う感じでした。

タクシー利用は数度目でしたが、国内線空港からホテルへ向かう際、
タクシーの中で、つと値段の髙いホテルから安いホテルへと目的地
を変更したら、早速中国系の運転手にしっかりと足元を見られ、
逆に料金を高く取られたりしました。既に外は暗くなっていたので、
且つ残念ながら言葉も通じなかったので、諦めましたが・・・。

まだタナの金曜市が開かれていた頃、市場見学の途中、お客さん
の1人がバックをしっかり前に持って抱えていたにも関わらず、前後
から人に押されて、あっと言う間に外ポケットから鍵を盗られた事
がありました。

又北の島のノシベへ行った際には、天候不良だったか理由は忘れ
ましたが、2~3日タナまで戻る飛行機が飛ばず、滞在せざるを得ない
状況になり、タナに戻った際のガイドのあの暖かい懐かしい態度には
ちょっとぐっと来ました・・・。

彼はインドネシ風の風貌でロシア語と英語とフランス語のガイドだと
いばっていましたが、発音に訛りがあり、良く聞き取れず、まだロシア
語を少し覚えていた時代でしたので、良く道中喧嘩をしたものでした。

それでもペリネ公園ではアイアイが出たと夜中に呼びに来てくれたり、
哀愁を帯びた詩をギターで弾き語りしてくれたり、時間に焦っていた
移動中でのレストランの食事時には、彼自らテーブルへ食事を運んで
くれたり、最終日のタナでは、夜中まで飲んですっかり信頼出来るよう
になっていました。

その後、瞬く間に日本語ガイドが増えて、彼の消息は残念ながら掴め
ませんでした。他のガイドには何回もあちこちで会えたのに・・・。

写真はマダガスカルの子供。

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